音響の良いホールとは
我孫子市民フィルハーモニー管弦楽団の演奏会プログラムに掲載された記事から、そのままご紹介します。
筆者:縄野光孝(再建連絡会代表)
2019.7.21掲載
  著名な建築家で音楽ホールの建築設計も手がけている磯崎新(いそざきあらた)氏は、「すぐれた音楽ホールとは、それ自体が響きを生みだす楽器になったものである」と述べています。

  現在、世界で音響の良いホールとして、多くの音楽家そして音楽愛好家が口を揃えて挙げるのは、ニューイヤー・コンサートでおなじみの、ウィーン楽友協会大ホール(ムジークフェラインザール)でしょう。このホールの開場は1870年ですが、卓越した音響を持つ要因として専門家は、「その形状が比較的小規模な直方形(容積15,000?、客席数1,680)であること」「天井が高く残響時間が長いこと(満席時2.0秒)」「不規則な凹凸面を含む室内デザイン」「プラスター製の内装仕上げ」などを挙げています。

  この音響の良いホールの存在は古くから広く知られていたものの、日本で音響の良いホールが建設され始めたのは、それほど昔のことではありません。1960年代ごろから、全国には市民の文化活動を支えるために多くのホールが建設されましたが、中途半端なつくりにより、その多くが「多目的ホール」ではなく「無目的ホール」と揶揄されました。そして今日、全国の多目的ホールの数は、大小合わせると3,000を超えると言われています。

  そのような多目的ホールが多く誕生した時代にあって、「地方の時代」「文化の時代」を反映し、1981年に東北の人口1万5千人ほどの小さな町、中新田(なかにいだ)にバッハホール(660席)が誕生しました。このバッハホールは、その機能をクラシック音楽、それもバロック期の室内楽に限定し、これに最適な音響をもったホールとして設計・建設され、麦畑の中にあるホールとして話題となりました。1982年には大阪に大型のコンサートホールであるザ・シンフォニーホール(1,702席)が開場し、1986年には東京のアークヒルズ内にサントリーホール(2,006席)がオープンしました。サントリーホールは、それまでのクラシック音楽の会場のイメージ(それは多目的ホールに共通した雰囲気とも言えます)を一変し、「おしゃれ」なホールとして多くの聴衆を集めることに成功し、在京のほとんどすべてのオーケストラの定期公演会場となるに至っています。

  これらのホール、特にサントリーホールの成功によって、音楽専用に設計されたホールの音響の良さが広く認識されることになりました。その後首都圏に建設された音楽専用ホールには、東京芸術劇場(1990年開場、1,999席)、紀尾井ホール(1995年開場、800席)、すみだトリフォニーホール(1997年開場、1,801席)、東京オペラシティコンサートホール(1997年開場、1,632席)、横浜みなとみらいホール(1998年開場、2,020席)、ミューザ川崎シンフォニーホール(2004年開場、1,997席)、杉並公会堂(2006年開場、1,190席)などがあり、音響的にはまず成功していると言って良いでしょう。

  同時に地方にも音響の良いホールが建設されており、例えば札幌コンサートホール「キタラ」(1997年開場、2,008席)は、多くの音楽家がその音響を絶賛していますし、宮崎県立芸術劇場、愛知県芸術劇場、京都コンサートホール、石川県立音楽堂など音響に定評のあるホールが全国各地に誕生し、来日音楽家からも、良いホールの多さが話題にのぼるほどになっています。このように、多くのすぐれた音響のホールが生み出されているということは、日本の音響設計技術がかなり成熟度を増してきたことの表れと見ることができましょう。

  ホール建設の理想は、それぞれの用途に相応しい複数のホールを有する複合施設です。なぜなら、上演する演目によって、それに相応しい音響が異なるからです。端的に言うと、音楽と演劇というホールとしては相反する機能を両立させることが難しいからということができます。「音楽専用ホール」では、可動部分が少ない分、構造的にもシンプルになり、舞台上の音響が客席に伝えやすくできること、すなわち舞台上の反射音の扱いが容易になって、良い結果を生んでいると考えることができるでしょう。一方、反射面を可動させる必要のある多目的ホールの場合は、重量上の問題から、反射面の材質に大きな制約を受け、音を前に飛ばす力が弱くなるのではないかと考えられます。

  文化都市我孫子に、最新の技術を駆使した設計(建築・音響)により、来場者が心地よいひとときを過ごすことのできる施設が早期に建設されることを切に願っています。
以上
■もどる